熊本の未来をつくる経営者
「利他利還」の徹底で「人を幸せにする経営大賞」受賞した、株式会社興農園の田中社長
田中あや(たなかあや):株式会社興農園・代表取締役社長。熊本市出身。2015年興農園に監査役として入社。取締役を経て、22年5月に現職就任。
20種類のカラフルミニトマトが人気
ココクマ編集部(以下、編集部):これは綺麗ですね!
田中あや社長(以下、田中社長):自社試験農場で栽培しています。色も形も味も違う20種類のトマトを厳選した「アーティフルミニトマト」という商品です。この取り組みは、農林水産省の未来につながる持続可能な農業コンクールで全国2位の農産局長賞に選ばれました。これからの農業経営のあり方の指針となると評価していただき、とても嬉しく思っています。
編集部:なぜ自社試験農場をお持ちなのですか?
田中社長:かつてバブル崩壊後、熊本県産のスイカやメロンの市場単価が下落し、農家の方の経営がひっ迫したことがありました。それらに代わる熊本の土壌に合い、収益が上がる品種を探すため、試験栽培を始めたことがきっかけでした。現在は、熊本市北区・南阿蘇・八代の3か所に自社試験農場があり、新品種・新作型・新資材・新システムを導入しながら、収益性や作業性を検証しています。
熊本が一大産地となりうる可能性があるかを検証することで、農家さんの収益向上に繋がるのではと考え、高付加価値野菜の開発に取り組んでいます。
編集部:事業内容も変わりつつあるのでしょうか?
田中社長:弊社は1948年創業で、主に農業用ハウスのフィルム加工、種苗・農業資材・農薬・肥料などの卸売、ハウス施工、種苗・資材の試験研究を手掛けております。新たなチャレンジとして「知財戦略」を掲げ3つの事業「ラボラトリー事業」「イノベーション事業」「ブランディング事業」にも取り組んでいるところです。
「ラボラトリー事業」は、品種・作型・資材・システムの試験や研究を実施しています。得られた成果は、農家さんの収益改善や最新技術が現場に普及することで農業の生産性向上につなげたいと考えています。「イノベーション事業」は、自社で開発した環境制御機器 (ハウス内の温度、湿度、飽差、CO2濃度などの環境要因を自動制御し生育に適した状態にする)を導入した圃場で、IotやAIを活用した研究を2つの大学と一緒に取り組んでいます。その他、燃料代削減のための保温強化フィルムなど環境配慮型製品の開発にも取り組んでいます。「ブランディング事業」は、栽培指導や経営指導・ブランドデザインまで一貫してサポートしていきます。農業を多方面から支援するイノベーションカンパニーとして、専門分野を広げています。
ウェルビーイングを掲げ、社員の幸福を追求している
編集部:「人を幸せにする経営大賞」を受賞されていますが、どのような取り組みをされているのですか?
田中社長:ウェルビーイングを掲げ、社員さんが身体的・精神的・社会的に幸福に生きられる職場環境づくりを進めています。例えば、社員食堂を設置し、自社試験農場で栽培した有機野菜を使用したランチを無料で提供しています。その他、時短勤務は対象者をお子さんが「3歳になるまで」から「小学校卒業まで」に延長したところ、さっそく利用してくれる方もいて、仕事と子育ての両立支援に一役かっているようです。人材育成にも力を入れており、産学官連携で共同研究を担当している社員の大学院通学費用の全額負担や資格取得補助なども行っています。
編集部:IT導入にも積極的なのですね。
田中社長:現在は受発注から在庫管理までを一元管理する基幹システムを導入し、事務処理のスピードが格段に上がりました。またEDI連携により、企業間の取り引きを紙からデータへ変更し、記載ミスの減少や省力化が進みました。直近では倉庫内にWi-Fi環境を構築し、ハンディターミナルでの在庫管理も始めたところです。
編集部:それは素晴らしいですね。女性も多く活躍されていますが何か秘訣があるのですか?
田中社長:意図的に女性を増やしているというわけではありません。男女区別せず優秀な人を採用しようという方針でやっていたところ、結果的に、近年は新規採用者は半分、管理職も3割程が女性です。
実際、入社後も男女関係なく責任のある仕事をお任せしますし、職種によって分けることもしていません。3年前に育休から復帰したばかりの女性も部長に昇進しました。これらの取り組みを評価していただき、先日厚生労働省のえるぼし認定3つ星を取得しました。
経営理念の「利他利還」を徹底し、お客様のお役に立てるよう努める
編集部:経営において大切にされていることを教えてください。
田中社長:当社の経営理念は「利他利還」です。まずお客様に利を供することで、それが巡って自社に還ってくるという考え方です。この理念が社内に浸透していることが、ベクトルを合わせ業績にもつながっています。お客様から頂く御礼の言葉は、積極的に社員さんに伝えています。例えば、災害時にはフィルム加工の注文が集中するため、一般的には納品まで1週間から長いと1ヶ月くらい時間がかかることがあります。それだと農家さんはその年の作物をダメにしてしまいますので、当社では当日、県外でも翌日には納品をしています。私たちの仕事がお客様にお役に立って、それがまた注文につながることで「利他利還」を実感し、仕事へのモチベーションにつながるという良い循環が回っています。利他だけで事業が成功するのかとよく聞かれますが、これはお客様から当社のことを信頼して頂くということだと考えています。
編集部:社長になられて1年が経ちます。今後の方針を教えてください。
田中社長:これからですが、より密に現場のお客様のお役に立てるように、質の高いサービスを提供する仕組みを作っていきます。また、モノの販売だけではなく知財を使った新しい事業を展開し、あらゆる方面で農業に貢献できる企業を目指しています。社内的には、ウェルビーイングを掲げて働く方々の幸福を追求していきます。サステナビリティ活動については、SDGsの取り組みとして3つのアクションを設定し実行しています。ダイバーシティ経営では、男女関係なく一人ひとりが能力を活かせる職場をつくっていくことが私の仕事だと考えています。
編集部:社長になられて何か変化は感じますか?
田中社長:熊本の農業だけを見ていたところから、日本、世界の農業も含めて考えるようになりました。たとえば日本は食料自給率が低いですが、世界情勢を契機に食糧安全保障が喫緊の課題となっており、より「日本の農業発展の意義」を感じています。世界的にも人口が90億人に増加していく中で食料が足りなくなる。加えて、農業による環境負荷が問題となっており、限られた資源の中でより多くの食糧を生産する必要があります。世界的にも農業振興をしないといけないのです。農業の発展途上国において、日本のやり方を活用すれば生産性を何倍にも上げられる可能性があります。そのような海外の農業支援も視野にいれていきたいと思っています。
編集部:今後どんな人材が必要になりますか?
田中社長:より質を高め、高度な知識や技術を持つ方が必要になってきています。新しい取り組みを進行する中では、研究・海外支援の分野で活躍できる方でしたり、芸術・デザイン系の方にはブランディングの仕事を担っていただきたいです。
仕事を作業としてではなく、やりがいを感じたり、自分が社会から必要とされていると気づく手段として、提供できる会社を目指していきます。