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【特別対談】「起爆剤と熱量があれば熊本はもっと発展する」 オール熊本で取り組む地域活性化策とは?
熊本地震から2年。熊本県が掲げる「創造的復興」に向けた動きが、オール熊本で進む中、桜町再開発や熊本駅周辺整備事業、阿蘇くまもと空港の民営化など、大型プロジェクトへの期待感も高まっています。バス、観光、不動産などの事業を通して地域インフラを支える、九州産業交通ホールディングス株式会社・矢田素史社長と、県内最大手の警備会社・株式会社キューネットの西川尚希社長が対談。熊本の魅力や未来、これからの働き方などについて語っていただきました。(コーディネーター:株式会社パーソナル・マネジメント社長桝永健夫)
「街が生まれ変わっていることを肌で感じる」
―熊本地震から2年。創造的復興に向かい、県内の経済活動も盛り上がっていますが、お二人の目に復興状況はどのように映りますか。
矢田素史社長(以下、矢田社長) 創造的復興に向けて前進していると実感していますね。当社では、震災発生から3カ月間は単月赤字に転落しました。観光事業は「九州ふっこう割」導入の効果で早期に立ち直りました。一方で、バス事業では、道路環境の悪化によりダイヤ通りに運行できないケースが続出。“バス離れ”が起こり、現在に至るまで影響が残っています。
県内全体では、物販・サービスの需要が高いと感じます。建設中の建物も多く、桜町再開発とも合わせ、街が生まれ変わっていくことを肌で感じています。
西川尚希社長(以下、西川社長) 県内の景気を俯瞰(ふかん)すると、グループ補助金などを活用し、大半の企業が体制を立て直しているように見受けられます。地域経済は回復基調に向かい、復興需要で好調な業績を維持。被害の大きかった震源地周辺では、震災以前の街並みに戻りつつあります。もちろん、創造的な復興には、もう少し時間がかかるかもしれません。しかし、少しずつですが確実に熊本が元気になってきていると感じます。
警備業界では交通誘導や雑踏警備などが増加し、慢性的に警備員が不足している状況です。2017年の7〜8月ごろから仕事の依頼が急増しました。(中小企業などの施設復旧などを支援する)グループ補助金を活用した企業が多く、給付が始まるタイミングで建て替えが増加したためです。震災前からすでに業界では人手不足でしたが、それがより深刻化しています。
復興需要で人手不足が深刻化
―人手不足がさらに進んでいるんですね。
西川社長 そうですね。熊本県内の2018年4月時点の有効求人倍率は1.74倍。中でも保安業は11.32倍になっています。1人の求職者を11社が欲している状況です。しかし、当社ではサービスの品質を重視していますので、誰でも採用するというわけではありません。3~4人の応募の中から1人を採用するという位の割合です。
もちろん、人手不足は全業界に共通していることです。バスの運転手も不足しているとお聞きしていますが、いかがですか?
矢田社長 復興需要により、ダンプカーやトラック運転手の給与が増加しているため、待遇を求めてそういった業界に転職する運転手が増えました。復興需要が落ち着けば戻ってくる方もいるのでしょうが、この状態が続くと路線バスの維持が難しくなる可能性もあります。
運転手へ過重労働を強いるわけにもいきませんし…。世の中の流れも労働環境改善に向かっており、環境整備と人員確保が急務だと考えています。
また、運転手に限らず、自動車整備員や飲食・物販の販売員も不足しています。なんとかやりくりしている状態ですね。
西川社長 警備業界でも、震災前から人手不足の状態にありました。道路の公共工事の予算が日々減少しているなかで、工事を請け負う業者さんから「警備予算を抑えてほしい」との要望が強く、賃上げできずにいました。業界全体で採用しづらい環境だったのです。
震災後は、需要の高まりと共に警備の価格も上昇しているため、その分、従業員の賃金に反映できています。今後も福利厚生の充実を図っていきたいと考えています。
熊本は生活コストが低い
―社員全体の給与も上がってきていますか?
矢田社長 採用力向上のため、初任給を引き上げています。その結果、賃金カーブがいびつになり、2~5年目の社員の給与に、初任給が追いついてしまっています。今後、全体的に給与を引き上げ、バランスを取っていこうと考えています。
西川社長 当社でも賃上げできる環境になったので、全体的に3%、年次の浅い社員については5%ほど給与を引き上げました。上げられるときに上げていかなければ、入り口で人が採用できません。また、初任給だけ引き上げると、今度は既存の社員から不満も出てきますので、慎重に取り組んでいます。
―熊本県は最低賃金が全国最低水準で、全体的な所得も低い状況です。
矢田社長 東京と比較すると、熊本の収入は確かに低いでしょう。ただ、生活コストもそれに比例して下がります。実家へのUターンであれば、東京や福岡に出るよりむしろ貯金できるケースもあるかと思います。
西川社長 都会だと住宅費や物価が高いので、生活コストは跳ね上がります。賃貸だと、熊本で東京と同じ額を出せば、驚くほど広い部屋に住めますよね。
矢田社長 熊本は食費が安く、医療も充実しています。教育環境もいいので、非常に住みやすい都市だと思います。
「地方にこそ、やりたいことがある」
―矢田社長は東京から熊本に移り住み、12年が経ちます。移り住んだ当時のことを振り返っていただけますでしょうか。
矢田社長 仕事の都合で熊本に来ることになりましたが、もう東京に戻ろうとは思えないですね。これからもずっと熊本に住み続けたいです(笑)
―なぜそう思われるのですか。
矢田社長 地方にこそ、やりたいことがある気がしているんですね。東京では自分でやらなくとも、誰かがやってくれます。東京で1370分人分の1になるよりも、熊本で182分人の1である方が、自分の存在意義を実感することができ、アイデンティティもしっかり持てます。
今でも、東京には仕事でほぼ毎月足を運んでいます。確かに、都会の機能性や人口集積度合いは、刺激を生むし、東京にしかないものもたくさんあります。しかし、地方には地方のいいところがあります。東京には刺激を感じに行く程度でもいいんじゃないかと、個人的には思います。
それよりももっと、物以外の豊かさといいますか、自らが生活に何を求めているのか向き合えば、地方で暮らし働くメリットを感じられます。若いころは、東京で揉まれて刺激を受けて、ビジネスセンスを身につけることがプラスになります。ただ、ある程度の年齢になったら、それを地方に持ってきて、地域を活性化させることで、日本全体に良い影響を与えられると思います。
―西川社長は東京でも事業を展開されています。
西川社長 東京で仕事をすると、世の中の流れを知ることができ、最新の情報を得ることができます。いずれ熊本に入ってくる世の中の動きを先に知り、準備しておけるメリットを感じています。例えば東京ではワークライフバランスの考え方が浸透してきています。今後、熊本にも間違いなくこうした考え方は入ってくるでしょう。こうした部分に対し、先手を打てるという意味では、東京の情報に触れておくということも大事かもしれません。
これからの熊本は魅力的な仕事が増える
―熊本では、大規模な再開発が各所で進んでいますが、それぞれの立場での見解を。
矢田社長 桜町再開発では、約1500人、熊本駅ビルを合わせるとその倍ほどの雇用が生まれます。当社としては、新たな分野でも挑戦していきたいので、若者だけでなく、業界経験のある経験者や管理職などさまざまなレイヤーの方を募集します。「外に行っている場合じゃないよ」と思ってもらえるような魅力的な仕事を生み出し、熊本で働いていただきたいと思っています。
個人的には、若い方に「都会に出るな」というのは無理な話だと思います。刺激なり、給与なり、雇用の幅なり、さまざまな面で条件が違いますので。しかし、そういった県外流出の原因について熊本で解決していき、街の魅力や刺激、住みやすさなどを受け皿として準備する。それにより、UIJターンの促進や、定着率の向上に繋げていけると思っています。桜町再開発にはそういった街の魅力づくりに貢献する役割もあるのではないかと考えています。
―熊本から出なくていいような、魅力的な仕事が増えるということですね。
矢田社長 その通りです。熊本で先進的な仕事ができるようになります。仕事以外でも、街の中でも遊べる場所が増えますし、これまで熊本に来ていなかったアーティストが訪れるなど、娯楽や文化のレベルも向上していきます。
西川社長 文化・スポーツ面では、ラグビーワールドカップ、女子ハンドボール世界選手権大会、東京ガールズコレクションの開催など、明るい話題が多いですね。
矢田社長 外国人観光客も増えていますし、国際化が進んでいると実感します。MICE施設ができ、企業誘致も進むと、県内経済に今以上の好循環が生まれるでしょう。
経済界が目指す2050年の姿
―県経済界としては今後、どのようなまちづくりを目指されているのでしょうか?
西川社長 熊本商工会議所と熊本経済同友会が、30年後の目標を描いた「熊本市中心市街地グランドデザイン2050」を発表しました。この中では、多文化交流における九州のハブとしての機能の強化、滞在型の都市観光サービスの高度化、多彩な人材や新たなビジネスを育む環境の醸成、いろいろな世代の多様な暮らしを支える場の創出、人と環境に優しく個性的な市街地の創出といった戦略を打ち出しています。
これも震災があったからこそ生まれた連帯感により、策定に至った側面があります。震災をある意味でチャンスに変えて、オール熊本で同じ方向に進もうとしているのです。
震災以降、復興需要も旺盛で、チャレンジできる絶好のチャンスになっています。バブルの崩壊があり、県内の経済が縮小している実感を抱き続けていました。この復興需要で機運が高まっている時に、先を見越して前に進んでいかなければならないという空気感が出てきています。
企業は「地域のため」に事業展開する時代へ
―そのような中で、各社の取り組みやチャレンジは。
矢田社長 当社では、2019年夏に桜町再開発ビル完成を控えており、またその営業開始に向けたソフト面の整備など、仕上げモードに入っています。また、バス事業を支えるためにも、事業の多角化を図っているところです。
特に観光事業の拡大を計画しており、自治体と連携した地方創生事業を進めています。また阿蘇の観光開発にも力を入れていきたいと考えています。
加えて、空港の民営化委託でも挑戦していきたいと考えています。
西川社長 当社としては、熊本の創造的復興を安心安全面から支えるべく、今までの家族や法人への警備から、街全体を見守る警備へと変化しています。
震災以降、地域の安全を守るために自治体や企業と連携し、街角カメラによる犯罪の抑制や、(ネットワーク経由で監視する)クラウドカメラ、画像解析による顔認識、(動くものが映り込むと反応する)動体検知・AIやIOTなどの技術を導入し、事故を未然に防ぐ取り組みを進めています。
顧客獲得を目指すのではなく、地域全体を安全にしていく形を目指すことで、地場企業として存在する意味が増していくと考えています。
―「地域のために」という感覚で事業を進めるように変化しているのですね。
矢田社長 世の中の流れもそのように変わってきています。ナンバー1ではなく、オンリー1を目指さなければなりません。よく言われていることではありますが、競合戦略になると、相手しか見えません。そうではなく、お客さまを見て、お客さまにとってなくてはならない企業になることが、最も成功に近いことではないでしょうか。
―多くの企業に「地域のために」という思いがあると、複合的に繋がっていきますね。
矢田社長 空港民営化についてもそのような思いを持ち、地元企業連合で入札に臨み、熊本の発展を目指していきます。
西川社長 全国の空港民営化の事例を見ても、利用者をどう増やすかがポイントになります。人の流れを増やし、経済効果を生まなければなりません。
矢田社長 課題としては、国内人口が減少する中で、海外からのお客さまをいかに増やしていくかということです。熊本の独自性を出した提案をしていかなければなりません。
―インバウンドをはじめ、観光客が増加すると経済が活性化しますが、それはどこまで波及効果があるのでしょうか。
矢田社長 観光産業というのは非常に裾野が広く、航空会社、ホテル、お土産、イベントなどと繋がってきます。そこで得た観光収入や事業収益が、従業員の給与に反映され、消費が拡大することで、経済が循環していきます。また地場企業の収益が増加すると自治体への納税も増加し、インフラ投資に繋がります。地元でお金を生み出すことが、地域活性化の近道なのです。
-世の中の流れとともに、仕事の仕組みや、働く人間に必要な視野も変わってきているのでしょうか?
西川社長 内需だけを獲得しようとすれば、いずれ限界がやってきます。県外に、可能であれば国外に向かっていかなければ、事業規模は縮小していくでしょう。チャレンジしていく人材が、企業にとって必要となってきています。
矢田社長 先ほど、西川さんが「東京では最新の情報を得ることができる」とお話しされましたが、地方と都会の情報なりスキルなりを埋めていける人材がいれば、消費者も最先端の商品やサービスに触れることができるようになります。結果、わざわざ県外に出ていく必要がなくなりますよね。
桜町再開発でも、東京で人気のあるお店をテナントとして誘致すれば、満足度も上がりますし、都会と地方の格差を埋めることになり、地域の魅力が増していくと思います。もちろん、“ミニ東京”にはならないようにしなければなりませんが。
西川社長 UIJターンについては、熊本で受け皿を整備することが必須です。東京で働き、スキルをつけると、まず都内での転職を考えるでしょう。その時に熊本の企業が選択肢にある状態にできるよう、高校生や大学生が長期間インターンシップできる環境などを整備すべきです。そうすれば、戻ってこられる会社があることを知り、UIJターンのハードルが下がるのではないでしょうか。
熊本の発展に必要な“起爆剤”と熱量
―熊本の発展に必要な要素はなんだと思いますか。
矢田社長 東京や福岡を見て、ないものねだりをしてもしょうがないと思っています。熊本には資源も環境そろっています。しかし、“起爆剤”がありません。その“起爆剤”となるのが、若者の発想力や行動力、そして継続力だと思います。面白い取り組みをはじめる人はいますが、熱量がだんだん少なくなってきて、継続できずにいる印象があります。“起爆剤”と熱量さえあれば、熊本はもっと発展していくと考えています。
西川社長 私は、足りないものは、ないと感じています。震災の経験から、多くの人に地元愛が生まれました。これを風化させないことが大切です。住んでいる人間が「良い街だ」と実感することで、県外に向けてその思いを発信できます。
例えば、Uターンにしても、帰省した時に地元の友人らが「熊本はヨカトコ(良いところ)バイ」と話すと「戻ってこようかな」と考えるきっかけになります。まずは地元を大切に思い、より良くしていこうという気持ちが醸成されていなければ、どんな取り組みも続いていきません。
矢田社長 まずは、我々熊本在住者らが楽しみながら発信し、県外から羨ましがられるようにしていかなければなりませんね。
―本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。
矢田社長・西川社長 ありがとうございました。