熊本の未来をつくる経営者
熊本から世界に通用する漫画家を輩出する。 株式会社熊本コアミックスの持田社長
持田修一(もちだしゅういち):株式会社熊本コアミックス・代表取締役社長。奈良県出身。明治大学政治経済学部卒(二部)。学校法人河合塾職員を経て、1992年に㈱小学館によるライター新人賞入賞をきっかけに㈱集英社のジャーナル誌『BART』でフリーライターとして活躍。㈱集英社『週刊少年ジャンプ』5代目編集長で現在の㈱コアミックス・代表取締役社長の堀江氏に抜擢され、『BART』編集部で漫画家・原哲夫担当編集者に。2000年に㈱コアミックスの創業メンバーとして入社し、『週刊コミックバンチ』『月刊コミックゼノン』の副編集長、編集長を歴任。2018年より現職。
熊本を漫画家と漫画編集者の育成拠点に
ココクマ編集部(以下、編集部):漫画専門の出版社を設立された経緯を教えて下さい。
持田修一社長(以下、持田社長):㈱熊本コアミックスの母体となる㈱コアミックスは、代表の堀江が㈱集英社から独立し、漫画文化の発展と漫画家・編集者の育成に力を入れていくために設立した、漫画専門の出版社です。一般的な総合出版社は、漫画の他にも文芸やファッション、ジャーナルなどあらゆるジャンルの出版物を出していますから、漫画専門の出版社は全国的にも珍しいですね。堀江が集英社にいた時から、担当していた漫画家の北条司先生や原哲夫先生、次原隆二先生らと「自分たちだけで漫画の出版社をつくれれば面白いことができる」と話していたんです。漫画で得た利益をそのまま漫画家や編集者の育成に還元できれば、漫画文化がもっと発展するのではないかと…。
私は、堀江から漫画づくりの基本を直接教わっていて、その思いにも共感していたので、会社をつくるなら一緒に現場に立ち会いたいと思い創業メンバーとして参加しました。
編集部:熊本コアミックスを設立した経緯は?
持田社長:堀江が熊本出身ということもあるのですが、熊本地震からの復興支援のために開催した『熊本国際漫画祭』が大きなきっかけですね。東日本大震災で被災した福島県で漫画を使った復興イベントを開催している最中に熊本地震が起こり、堀江から「熊本でも漫画で笑顔を届けられないか?」と相談され、早速熊本に入りました。そして、多くの地元企業や県庁などにご協力をいただき、2017年4月に復興イベントとして第1回目の『熊本国際漫画祭』を開催させていただきました。このイベントを通して熊本県民や地元企業の皆さんが漫画の力を信じて下さっていると実感することができたのが本当に大きく、この経験が熊本での会社設立の出発点になっていると思います。
熊本は『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生を始め、漫画家を多く輩出している県でもあります。漫画以外でもデザイナーやアーティストなどアート分野で活躍されている熊本出身者は多いんですよ。これは熊本の『わさもん』という言葉で表現されるような県民性もあると思いますね。熊本でたくさんのご縁ができた事に加え、そのような才能が溢れている地だからこそ、クリエイターを育成する拠点に相応しいと考え、2018年10月に『コアミックスまんがラボ』を開設しました。東南アジアや九州全域から若い才能を見出し、育成しようとする熊本の拠点を誰が担当するのか?という話が本社で出た時に、会社の理念を一番理解し、編集部でクリエイティブな仕事の経験も積んでいる私しかいないと思い、真っ先に手をあげて志願し熊本に来たんです。
東京の㈱コアミックス本社は漫画出版社としてものづくりの最前線にありますが、熊本は現段階では若手漫画家の育成や漫画の可能性を広げる実験的な事業を展開する拠点といった役割が強いです。将来的には編集者を熊本で採用・育成して、熊本独自の編集部を作っていきたいと考えています。
編集部:熊本を育成拠点にした狙いは何ですか?
持田社長:これまではプロの漫画になろうと思ったら、原稿を見てもらうために東京の編集部まで実際に足を運んだりしていたのですが…九州在住者にとっては、費用や労力を考えると、漫画家としてのプロデビューが遠いことのように感じて諦めてしまう人も多いというデータがありました。しかし、熊本の『コアミックスまんがラボ』に来てもらえれば、東京の編集部とオンラインで常時繋がっていますので、わざわざ東京に行く必要がありません。原稿を見てもらって編集者にアドバイスをもらうこともできますし、プロが使う画材やデジタル機材も使うことができます。九州のへそ・熊本に育成拠点がある事で、九州全体の人々に漫画家への夢をリアリティのあるものとして感じてもらい、それをきっかけにデビュー作家がたくさん生まれ、うちの媒体で活躍してくれる事が大きな狙いです。
漫画家・劇団員の育成拠点を高森町に建設中
編集部:海外の漫画家志望のクリエイターにも注目されていますね。
持田社長:世界中からクリエイターの才能を発掘する『サイレントマンガオーディション』という国際漫画賞を2012年に立ち上げて、これまでに111カ国、4069名7326作品の応募があり、200名の受賞者を輩出しています。賞自体が今や世界最大規模の漫画家ネットワークとなっていますね。サイレントマンガとはセリフのない漫画のことで言葉や文化の壁を越えて理解できるものです。『熊本国際漫画祭』では熊本の復興に繋がるテーマでサイレントマンガを世界中から募集し、応募作品を展示したり、受賞者を熊本に招待したりしたのですが、本当に多くの方々に喜んでいただきました。
2018年から開催している『くまもと国際マンガCAMP』では、『熊本国際漫画祭』に応募してくれたクリエイターに呼びかけ、第1回目は20ヵ国50名が5日間の共同生活をしながら漫画制作を行いました。高森町の大自然の中で漫画家になるための講義のほか、高森町の人々と触れ合い、日本の生活習慣を経験してもらったのですが、参加した海外のクリエイターたちはこちらの予想を上回るほど喜んでくれました。私たちが当たり前だと思っていることが、彼らにとっては貴重で創作意欲の湧く経験である事がわかり、高森町に建設中の『漫画アカデミー(仮称)』の構想に繋がるヒントになったわけです。
編集部:『漫画アカデミー(仮称)』とはどのようなものですか?
持田社長:イメージは大きな『トキワ荘』です。国内外の漫画家たちが入居して創作活動を行う施設ですね。高森町に寝食共にしながら創作活動ができるような環境をつくっています。リモートで何でもできるようになる時代だからこそ、同じ志を持った者たちがある一定期間集まり、切磋琢磨してお互いを高め合う環境が必要と考えています。創作活動に熱中しつつ、大自然の中でBBQをしたり、ベンチで語り合ったり…雑談の中から生まれてくるアイデアがいかに大事か身をもって知ってほしいと思いますね。入居する漫画家は現在選定中ですが、20名ほどを予定しています。漫画制作に没頭してもらうためにも全員弊社で雇用する形になるかと思います。日中は東京の漫画家さんのアシスタント業務、夜は自身のオリジナル作品に専念してもらうといったイメージですね。
もちろん、編集者もアカデミーで漫画家達と切磋琢磨してもらいたい。漫画家の生活の面倒をきっちり見ながら、漫画家の才能とモチベーションを高め、質の高い作品作りの触媒となる編集者という存在は非常に大切で、そんな編集者たちを育成するためにもアカデミーは最適な施設になると思います。
編集部:本当に色々な取り組みをされていますね。
持田社長:そうですね。他にも、女性だけの劇団『096k(オクロック)熊本歌劇団』の立ち上げ準備をしています。弊社の漫画も沢山アニメ化・映像化がされていますが、漫画の可能性を広げる新しいエンターテインメントの一つとして、漫画の魅力をライブで体感してもらえる演劇、劇団をつくり熊本で事業化を目指しています。現在劇団員のオーディション応募が完了したところで、旗揚げは2021年の3月を予定しています。その際に『熊本国際漫画祭』も開催し、お披露目公演を実施する予定となっています。披露する演目は、『前田慶次 かぶき旅』(原作/原哲夫・堀江信彦、作画/出口真人)をテーマにした舞台演劇、『前田慶次 かぶき旅 〜肥後の虎・加藤清正〜編』で、城彩苑のわくわく座で定期公演の契約を進めています。劇団員も稽古期間中であってもお給料を支給しますし、漫画家たちと同じようにアカデミーに入居してもらいます。舞台活動に専念できますので画期的な劇団だと思います。
編集部:漫画家も劇団員も雇用されるのですね。
持田社長:熊本市と立地協定を締結しており、雇用の面など期待に応えていきたいと考えています。熊本に根を張り、産業を大きくすることで貢献していきたいですね。熊本は地元企業や行政からのサポートが大きく、劇団を維持しやすいといった一面もあります。
熊本の人材育成に貢献するという意味では、今年の後期から熊本大学の文学部に新設された『現代文化資源学コース』で特別講義を持たせてもらう予定です。国立大学で初めて漫画やアニメを文化資源として研究し後世に残していくコースができたのです。弊社が漫画出版社としていかにエンターテインメント業界の最前線でものづくりをし、世界に広げていっているかを、学生の皆さんに知ってもらい、出版業界や漫画から端を発したエンタメ業界に興味を持ってくれるような次世代の人材育成に繋げていきたいですね。
世界の漫画文化の発展に貢献したい
編集部:ビジョンを教えて下さい。
持田社長:まず漫画出版での目標は九州エリアでデビュー作家を生み出し年間トータル50万部のコミックスを発刊することですね。50万部は今の時代簡単な数字ではないのですが、1人あたり1巻5万部以上をヒットさせる漫画家を3名育てられれば達成できる数字ではあります。ひとりのスターが誕生すれば、それに続いて若い才能が続々開花していくので、熊本をそういった真の意味での『漫画の聖地』にしていきたいと思っています。
劇団も将来的には、そうやって熊本から生まれた弊社の漫画コンテンツがアニメ化や映像化される際に劇団員も出演するなどして、それをきっかけにしてスターになってほしいと考えています。漫画出版社ならではのチャンスは多く作れますので、熊本から世界に向けたスターを育成していきたいですね。
編集部:海外の人材育成にも積極的ですね。
持田社長:高森町のアカデミーで人材育成とビジネスのモデルケースを確立する事ができれば、国内外に同じような拠点を展開できると考えています。注目しているのは東南アジア。例えばインドネシアは人口が2億人を超えており平均年齢が28歳と若いのです。特に人口密度の高いジャカルタで生活しているクリエイターにとっては熊本・高森町の環境は憧れのようです。アカデミーへの入居希望も多いんですよ。
弊社は「世界各国に手塚治虫先生のようなスター作家が生まれるようサポートしたい」と考えています。日本の漫画をただ翻訳して世界に売るだけではなく、その漫画に憧れる世界中のクリエイターを日本に呼び、日本の漫画づくりの文法を学んでもらって日本でデビューしてもらい、それぞれが故郷の国に帰ったときにその国の人達に向けた漫画をつくってほしいと考えていますし、それをサポートしたいのです。世界中の漫画文化と市場を盛り上げる事が、結果的に日本の漫画の発展につながると思っています。