熊本の未来をつくる経営者
「永遠に完成しない(変化し続ける)学校づくり」にチャレンジする、イデアITカレッジ阿蘇の井手学校長
井手修身(いでおさむ):イデアITカレッジ阿蘇・学校長 熊本県南阿蘇村生まれ。熊本大学卒業後、㈱リクルートに入社、ライフワークとなる地域活性事業に携わる。2006年福岡市でイデアパートナーズ㈱を設立、代表取締役就任。内閣府の「地域活性化伝導師」に任命され、九州各地の自治体との観光振興や集客施設の立上げなど100以上のプロジェクトを手掛ける。10年NPOイデア九州・アジアを設立、国内最大規模の飲み食べ歩きのイベント「バルウォーク福岡」や福岡の屋台を巡る「屋台きっぷ」など手掛ける。21年3月に学校法人イデア熊本アジア学園設立、22年4月専門学校「イデアITカレッジ阿蘇」開校に向け準備中。
阿蘇の磁場力に引き寄せられて、南阿蘇で専門学校を立上げ
ココクマ編集部(以下、編集部):南阿蘇で専門学校をつくられる経緯を教えていただけますか?
井手修身学校長(以下、井手学校長):きっかけの1つは、2016年4月の熊本地震ですね。震災直後、物資を持って南阿蘇村に駆け付けた時、阿蘇大橋が倒壊している姿に衝撃を受けました。それから5年が経過、新阿蘇大橋が開通した時には、ひとまずハード面の復興は一区切りついたと感じました。しかし、復興の最中から、人が戻ってこないという村の悩みを肌で感じていました。私自身が経営する、イデアパートナーズ㈱では地域活性事業を行っており、南阿蘇村での仕事もしていましたから、人口の減少、特に学生がいなくなってしまった穴の大きさには深刻さを感じていました。
編集部:ソフト面の復興がまだだと・・・
井手学校長:そうです。村内にあった東海大学阿蘇キャンパスが全壊し、約800人の大学生は村外に避難、大学の撤退が決まりました。地震からの復興の起爆剤として南阿蘇村に再び学校を誘致したい、という村民の強い要望があり、新阿蘇大橋の開通を機に学校の誘致に動き出しましたが、地方のしかも人口1万人にも満たない山間部で学校経営をすることに快諾してくださる方はいませんでした。だったら、私が学校を創ろう!と思ったのです。ただ、学校法人新設となると大きなハードルがいくつもあります。学校建物の自己所有、学校経営ノウハウ、職員の確保、そして学生の入学見込みなど・・・。どれもゼロからのスタートでしたが、企業や学校関係者の協力、何より熊本県や南阿蘇村の全面バックアップのもと、構想から2年のスピードで認可を得て、2021年3月31日に学校法人イデア熊本アジア学園を設立する事ができました。これは、私1人の力では到底できません。学校創りの趣旨に賛同いただいた多くの方々に感謝しかありません。
編集部:地元への貢献ですよね
井手学校長:よく言われますが、故郷のために一肌脱ぐ的な発想は全くないのです。地域活性という意味では、南阿蘇も単なる一つの地域であり、むしろしがらみもあり、仕事はやりにくいと思ったから、これまであまり執着はしてこなかったのです。でも、ここに来ると磁場力が良いというか「ほっ」とはしますね。阿蘇の磁力に引き寄せられて、ここでやるということを決めた感じです。確かに、何のご縁もない場所でこれだけのチャレンジをするかと言われたら、やってなかったかもしれない。結果として必然性みたいなのはあるかもしれませんね。
100年先に活躍する「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えていく」人材を育成する
編集部:イデアITカレッジ阿蘇(以下、IICA)ではどのような教育をされるのですか?
井手学校長:IICAのビジョンは、熊本から次の世代、100年先を担う人材を育成することです。100年先に活躍する人材を、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えていく人材」と位置付けています。言い換えると、自分で問いを立てて、それを実践していくこと、自分で意識づけして、成長を感じ続けられる、そんな人材だと考えています。
編集部:「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えていく」いいですね
井手学校長:新卒で入社した㈱リクルート社の当時の社是でもあるのですが、この考え方を、自分の心のエンジンにすると、人はいつまでも成長し続けられます。そこに、「ForYou(人のための志)」の精神が入れば、自他ともにハッピーな人生になると私は考えています。実際に58歳の今でも自分を変えられている。自分自身を変えていけるという思考はものすごいエネルギーなわけです。例えば、進学や転職なども、自分で機会をつくったと考えるならば、ポジティブにチャレンジできる。自分の意志じゃなかったとしても、自分で変えれば良いと考えれば前向きになれる。この思考を子供の頃から持てたら最強だと思うのです。
もう一つ掲げているテーマが「永遠に完成しない学校づくり(進化し続ける学校)」です。完成品って完成した時から陳腐化が始まり、完成品って言ったときから変化できない弱さがありますよね。完成していないから進化し続ける、だからすごく強いと思うんですよね。地域活性の活動も、作り続けるプロセスやそこに主体的に関わるから楽しいわけで、プロセスに物語があるのです。そういうモノづくり・ことづくりをやれたら面白いなと思うし、そういうことをこの学校を通してやってみたいと考えています。だから、学校運営を担うスタッフは勿論のこと、学生・保護者・企業・行政・地域住民・大学・IICAサポーターなど、多くの方に関わっていただき、一緒に学校をつくっていきたいのです。
編集部:ここで地域活性のノウハウが活きてくるんですね
井手学校長:これまでの私のキャリアからすると、ITや学校はどちらかというと遠い存在できたから、すごく新しいことにチャレンジしていると思ってたら、地域活性と一緒だと気づいたのです。IT人材を育成する専門学校ですが、ロケーションは南阿蘇な訳ですから、「農業」・「観光」・「阿蘇のフィールド」とか、これまでツーリズムで繋がりのある方たちを講師に招いたり、インターンとして受け入れてもらったり・・・。
それに、これまで地域活性の仕事をしてきたけど、正直、全て成功しているわけではないと思っています。実際に人口減少や過疎化を止めたわけではないので、もどかしさを感じてました。そう考えたときに、学校を通して地域の若者を育て、外国人材の受け入れ、地域に根付いてもらうプロセス自体が地域活性につながったのです。
「注文式教育」「ピア・ラーニング」など特色のある学校運営
編集部:注文式教育など特徴がありますね
井手学校長:具体的な特徴は4つあります。1つ目は「注文式教育」により、職業能力を養うこと。これは、企業より教育課程や採用人員の注文を受け、それに合わせた専門技術者を養成するものです。企業等と密接に連携し、現在や将来の企業のニーズに対応したカリキュラムや教員を配置して、ITと観光サービス分野の人材育成を行います。
2つ目は、「学ぶ習慣」=「考える力」を養うことです。「学ぶ習慣」とは、考える力、探求力、問いを立てる力であり、自らの頭で考え、自分の言葉で自分の意見を言えることです。学生には、阿蘇のフィールドを活かした感動体験(本物を見て、触れて、知る)を通して、考える力や探求力を深めてもらいたいと考えています。
3つ目が『ピア・ラーニング』によるダイバーシティです。IICAは、国内学生と国際学生(留学生)が共学し、国籍、年齢、宗教、文化が異なる多様な学生が共に学び合う『ピア(peer)・ラーニング』を導入します。言語や文化の異なる学生がお互い助け合い、協働しながら学習し共に成長し、ダイバーシティ(多様性)の価値観を身につけていきます。
4つ目が1人1人のキャリアに寄り添う事です。IICAは、1学年40人の2学科、80人の学校です。大学、短大等に比べたら小規模です。だからこそ1人1人のキャリア(将来の就職や働き方)に寄り添えます。IICAは、専門のキャリアアドバイザーを設置して、将来の就職や働き方は勿論、日常の生活面もサポートしていきたいと考えています。
編集部:注文式教育は企業のニーズも高そうですね
井手学校長:IT人材は、企業の高度なIT利活用、デジタルビジネスの進展等により、人材確保が難しくなっています。熊本県下では、良い人材は大都市圏のIT企業に獲得されて、慢性的なIT人材不足にあります。また、我が国の観光サービス人材は、国のインバウンド観光政策に則り、地域経済の牽引産業を担うことが求められています。2021年現在、新型コロナウイルスの影響で、観光サービス産業は大打撃を受けていますが、中長期的なアフターコロナでは必ず盛り返す産業です。阿蘇くじゅう国立公園、熊本城等、世界に通ずる観光資源を有する熊本県の観光産業の企業でも、慢性的な人材不足にあります。そこで、その人材を直接育成して企業に供給する仕組み、機関が必要だと感じたのです。注文式教育参画企業は現在35社。企業の求める人材に応じて、IICAへのカリキュラムの提供、講師の派遣、インターンシップの受入れを行っていただき、最終的には学生の就職、マッチングに繋げていきます。
編集部:最後に南阿蘇はどんな場所ですか?
井手学校長:南阿蘇村での生活は不便です。市街地であれば、徒歩や自転車で行ける距離にスーパー、飲食店、カフェ、カラオケ、コンビニ等がありますが、残念ながらIICAの近くには少ないです。勿論、学校の近くに以前学生が住んでいたマンション・アパートがあり、学生寮を用意して、学校間のスクールバス等を出す、近隣の市街地まで送迎等を行いますが、やはり不便ですね。
でも、その不便さを補って余りある大自然阿蘇のフィールドの魅力です。世界一のカルデラを有する観光地であり、世界農業遺産に認定された農業の地です。IICAは、このフィールドを活用しながら、ITの先端技術を学べるのです。ここでしか体験できない実践型学習があります。
また、学生にとって必要なアルバイト先を確保できます。年間400万人来訪する観光地の旅館、ホテル、道の駅、観光施設等のアルバイトは、地震前には年間数百人の学生がアルバイトをしていましたからIICAの学生を今か今かと地元の方々は待ち望んでいます。
人口1万人を下回る村で学校経営が成り立つ、モデルを確立し、全国に広がればいいなあと考えています。
※写真撮影時のみマスクを外しています。