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【特集/PMビジネスレビューVol.2】しらさぎホールディングス(株)~「両利きの経営」について語る~
株式会社パーソナル・マネジメント フェローの新改敬英氏が、熊本の成長企業を訪ね、成功の秘訣を経営理論で解き明かす、「PMビジネスレビュー」第二弾。
今回は、「電気工事業」をコア事業にしながらもスマート農業など、新たなチャレンジにも取り組まれるしらさぎホールディングス株式会社の代表取締役 沼田幸広氏にお話を伺いました。
「電気工事業」をコアにしながら、新しい事にチャレンジする社風
沼田社長 新改先生には弊社の社員が「次代舎」でお世話になっています。熊本では経営を学ぶ機会が限られていますのでありがたいです。
新改氏 いえいえ、今日は社長にお会い出来て光栄です。貴社のコア事業は発変電、送電、情報通信、電設の4事業だと理解していたのですが、さらにスマート農業など、新たなチャレンジにも取り組まれているのですね。
沼田社長 これは完全に「わさもん」気質と言いますか、当社には元々チャレンジしやすい土壌がありました。私が入社した2010年には、既に電気自動車を所有していたんですよ…、熊本の民間企業では第1号だったと思います。2011年には熊本県内の民間企業では初めて電気自動車用の急速充電器を設置し、それを機に充電拠点のインフラ整備事業をスタートさせました。その後、前職での経験や人脈を活かし太陽光発電事業にも進出しました。それもFIT(※電力の固定価格買取制度)がスタートする前の、早い段階で…。
新改氏 とは言え、「黒にんにくクッキー」が、僕の中ではまったくイメージできなかったんですよ(笑)。
沼田社長 もともとは太陽光発電設備の下で農業を営む「営農型太陽光発電」を考えていまして、その展示場を兼ねて土地を取得し、農地所有適格法人「しらさぎファーム㈱」を立ち上げました。そこからしばらく時間は空いてしまったのですが、満を持して農業もスタートさせました。熊本産の水と空気で土づくりから始めて、将来的には大規模工場にして、「エネルギーも熊本産(の太陽光)」という付加価値をつける展開ができればと思っています。
新改氏 実際ににんにくの栽培をやってみてどんな印象ですか?
沼田社長 土づくりから始めて4年目、何となく上手くいきそうな感触が掴めてきたところです。ただ、にんにくだけではあまり利益が出ません。いろいろ試行錯誤するなかで「黒にんにく」に行きついたのです。で、なぜクッキーにしたのかというと、規格外のにんにくの有効活用を考えていた時にちょうどクッキーを食べていて、何となく体に良いイメージな「黒にんにくクッキー」だったら売れるのではと思って調べてみると、ほとんど売っていなくて。これはチャンスだと思いましたね。
クッキーの試作品は古今堂さんにお願いしました。阿蘇にある評判の良いお菓子屋さんで、以前にSHIRASAGIのロゴをプリントしたクッキーを作ってもらい配ったところ評判が良かったので、その流れで、古今堂さんと一緒に商品化したのが、弊社の黒にんにくクッキーです。「白鷺電気工業㈱の新会社しらさぎファーム㈱の黒にんにくで作ったクッキー」は、お客様の所に手土産でお持ちすると話も盛り上がり、自社の取り組みもPRできます。
しらさぎファーム㈱のこれらの活動がきっかけではないのですが、たまたま熊本県の草地畜産研究所さんから、畜産関係の実証研究にもお声がけいただいたんですよ。スマート農業とITを絡めた研究プロジェクトです。当社の新しい事業の柱についての認知度が高まってきているのを感じています。この展開を、先ほどお話しした「農産物の工場栽培、エネルギーも熊本産」の実現へ向けての取っ掛かりにしたいと考えています。
「両利きの経営」を実践する決意が、新たな事業の柱を築く
新改氏 新たに経営戦略室を立ち上げられましたね。これは新規事業開発を担うチームであると伺っています。もともと新しいことにチャレンジする文化がある中で、あえて新規事業のためのチームを作られたわけですが、どのような意図が込められていますか?例えばもっとスピード感を上げてやっていきたいとか・・・。
沼田社長 まず「しらさぎホールディングス」という事業持株会社をつくっていましたので、それを有効活用したい、というのがありました。加えて、創業74年(※2021年7月現在)なんですけれども、「果たしてこのままで良いのか」という問いが自分の中でありました。
創業70周年のときに、創業80周年に向けた中長期ビジョンを発表したのですが、そこで出したいくつかのビジョンの中に、「本業を深め、広げる」と「社内起業を促進する」というものがあります。前者についてはお客様に恵まれたおかげで実現途中ではありますが、後者についてはまだそこまで至っていないのが現状です。100周年の時には「白鷺電気工業」という本業に加えて、別のもう1つの事業の柱を育て上げる、2本の柱がある状態を実現させたいと考えています。そのためには社内起業を加速度的に進めていくことが必要だと判断しました。そこで、しらさぎホールディングス㈱の中に経営戦略部門をつくり、新規事業をやりながらグループ全体の経営効率を上げていく方針を打ち出した次第です。
新改氏 最近、経営者のみなさんの前でお話しすることが増えたのですが、経営戦略の話をするときに「両利きの経営」のウケがすごく良いんですよ。実は、社長がおっしゃった「本業を深め、広げる」ことと「社内起業を促進する」を両立させるという話なんですよね。
沼田社長 まさに今年1月の年頭挨拶で、社員に対して「両利きの経営」の話をしたんですよ。今年4月の組織再編を契機として、「知の深化」を「白鷺電気工業㈱」で進めつつ、「知の探索」を「しらさぎホールディングス㈱」で行うという、「二兎を追う」方針を可能な限り分かりやすく伝えました。
新改氏 やっぱりそうですよね。お話を聴いていて、そういう印象を持ちました。「両利きの経営」で出てくる事例って、大企業がほとんどですよね。でも、企業規模が大きくない方がむしろ「両利き」を実現しやすいんじゃないか、って僕は思っているんですよ。
沼田社長 実は私もそう思っています。中小企業でも「両利きの経営」は可能だと思います。そう思ったきっかけは、実はSDGsの取り組みなんですよ。当社ではSDGsに積極的に取り組んでいるのですが、最初は「“SDGs”の読み方すら分からない」というレベルからのスタートでした。そこからコツコツと活動を広げていって、自分たちでもできるんだ、っていう実感のようなものが社内でできてからは、加速度的に取り組みが拡大していきました。この経験をとおして、「SDGsって大企業でなくてもできるんだ、中小企業だからといってあきらめてはいけないんだ。」という思いが出てきました。このSDGsの経験から、「両利き」も実現できるんじゃないか、と考えました。
新改氏 「両利きの経営」については、書籍以外ではどうやって学ばれたんですか?
沼田社長 「両利き」に限らず、ずっとビジネスについて勉強したいと思っていたのですが、残念ながら熊本には学ぶ環境があまりありませんでした。ところがコロナ禍になり、オンラインでアクセスできる情報が非常に増えました。地方にいても東京の情報に接することができるようになっていて、私も昨年の4月から日経BPが主催する早稲田大学ビジネススクールのオンライン講義を受講しました。そこで「両利きの経営」の講義を受けた際に、「両利きの経営」は大企業であってもトップダウンでやっているということを知りました。そのときに、トップダウンという話であれば逆に中小企業の方がやりやすいのではないか、と思ったんです。それでいろいろと勉強しまして、満を持して年頭挨拶と組織再編の発表に至った感じです。
新改氏 僕はいつも講演のときに、中小企業さんは「本業をナンバー2に任せてキャッシュを稼ぎつつ、新規事業は社長が旗を振るのが良いですよ。」という話をしています。沼田社長はどのようなお考えですか。
沼田社長 同感です。4月の組織再編では、しらさぎホールディングス㈱をエンジニアリング部門とコーポレート部門とに分け、エンジニアリング部門長に代表権を持つプロパーの専務執行役員を配置しました。本業(知の深化)をプロパーの代表専務でしっかりと深掘りをし、新規事業(知の探索)は私がコーポレート部門長と進めていくという体制です。
新改氏 いや、これはすごいですね。実際にやっていらっしゃるんですね。今度事例研究させていただけませんか(笑)。「両利きの経営」で陥りがちな罠として、「コンピテンシー・トラップ」が挙げられます。これは、誤解を恐れずに一言でいうと「両利きと言いつつ、どうしても得意な本業の方に注力してしまうこと」ということになるのですが、本業を担う専務は新規事業についてどう考えていらっしゃるんですか。
沼田社長 実は、初めて新規事業担当を社長室直下につくった際に任命したのが今の専務なんですよ。彼は元々送電の技術者なんですが、新しい技術が大好きで、どんどん取り込んでいこうというマインドを持ってくれています。これまで子会社の社長を2社経験してもらい、満を持しての登用です。「両利き」に上手く配慮したマネジメントをやってくれると考えています。
新改氏 中小企業が「両利き」に取り組む際に気をつけなければならない点として、経営資源の限界による制約が挙げられると考えています。新規の取り組みには試行錯誤が必要不可欠ですが、それは言い換えると「いつ成功するかわからない取り組みに経営資源を投入し続ける」行為でもあるわけです。この点についてはどうお考えですか?
沼田社長 確かにおっしゃるとおりですね。これまで恵まれた環境で事業を行うことができていた分、新規事業展開のスピード感という点では弱いかもしれません。その点については、UIターン希望者を中心に人材採用も必要だと考えています。変化の激しい業界やスピード感のある企業で揉まれてきた方を組織に招くことで、ある程度補うことができるのではないかと考えています。それだけでは限界があると思いますので、外部の企業さんとのネットワークを上手く活用することで、人的資源の面での限界を突破しようと思っています。キャッシュについては、こればかりはどうしようもないので、本業で頑張って稼いでもらいます。(笑)
新改氏 これはホント、すごいですね。ここまで「両利き」を言語化して全社的に発表し、実践していらっしゃるとは思いませんでした。少なくとも熊本では先進事例ですね。ちなみに組織の一体感をつくり出すための取り組みは、どのように行っていますか?
沼田社長 一体感をつくる取り組みはかなり意図的にやっています。本社移転による認知度の向上や八代支社の改築予定なども、社員の満足度につながっているのではないでしょうか。あとはe-Learningの受講など、社員が新しいことに興味を持ったり、学んだりする機会が持てるように工夫しています。「全員野球」のイメージのような、全員で同じ方向に向かって進んでいるという感覚は必要だと思っています。ただ、コロナ禍になって、社員旅行や飲み会などの福利厚生の取り組みができなくなっているのが残念です。
人材投資も惜しまず、両利きの経営を貫く
新改氏 経営戦略室に話を戻しますね。メンバーは6名とのことですが、どのような役割を期待していらっしゃいますか。
沼田社長 経営戦略室のメンバーには、エネルギー技術や環境についての知識があり、かつ「現状を変えたい!」という思いと推進力がある人材を、部署ではなくパーソナリティで選びました。事業計画づくりが得意だったり、デザインが得意だったりと多彩なメンバーが揃っています。室長は金融機関出身で、外国企業との取引経験があり、財務も経営も得意です。特にノルマや期限などはメンバーには伝えていませんが、プロジェクトのスケジュール感についての共有と整理は行っています。
新改氏 お話しをお聞きしていますと、10年前から考えていたことを、今実践しているように感じます。
沼田社長 帰って来た当時、当社に対して大きく2つの印象を持ちました。1つめは属人的な経営をしているということ、そして2つめは社内教育の仕組みが体系化されていないということです。そこで、経営のスタイルを属人的なものから組織的なものに変えるのと同時に、社内教育の仕組みを体系だったものに整えました。他社の社員さんとの交流でいろいろな仕事を知る機会をつくりつつ、「田原塾」や全国的に教育・研修、コンサルを行っている外部の教育機関への派遣も行ってきました。専務に子会社の社長業を経験させたのもその一環です。社員の中での教育を受けることへの抵抗感をなくしていきたいと思っていました。
新改氏 社員のみなさんが様々なことに挑戦できるような土壌が整ってきていますね。中途採用される方にとってもチャンスがありそうですね。
沼田社長 そうですね、コロナ禍を契機に、東京から地方へ移住する人が増えているという話を聞きました。そういった方々には、ぜひ当社への入社を検討していただきたいです。東京から熊本に移住して仕事がしたい、と思っている人の受け皿になりたいと考えています。
新改氏 「挑戦できる機会がある」ということは、それだけで意欲と能力の高い人材を惹きつけます。地方企業だと給料の面で確かに不利かもしれないのですが、実はそこまで影響はないんじゃないかとも思うんですよ。
沼田社長 つい先日中途入社で来てくれた社員には、サーマルタブレットの販売を任せています。経営戦略室のメンバーにはなっていないのですが、企画営業に取り組む中で変革を起こしてくれることを期待しているところです。給料の面では確かに不利なところはあるのですが、輝ける土壌は地方の中小企業の方が作れるのかなと思っております。
それと、現在は部門間異動の障壁をなくすことに取り組んでいます。当社はジョブローテーションをやりたくてもなかなか異動が上手くいかないことが多いんです。なので、給与体系の変更も含めていろいろ手を打って、人材の社内流動性を確保していきたいと考えています。
<対談を終えて>
沼田社長は、こちらが恐縮してしまうくらい気さくで物腰が柔らかい方でした。ここには書けないようなリアルなお話もたくさん伺うことができ、僕にとっても非常に学びと気づきの多い2時間となりました。沼田社長、どうもありがとうございました。
いただいたお話の中で印象に残った点が2つあります。以下、簡潔に述べます。
第1に、教育への投資を惜しんでいない点です。体系立てた教育研修の仕組みを構築するだけでなく、コロナ禍のさなかであっても、e-Learningの導入や外部の有料研修への派遣など、社員のみなさんが学ぶ環境を提供し続けています。現在、消費者の経済活動が停滞する中で、多くの企業がコストの削減に取り組んでいます。その中で、社員の育成に関連するコストも削減されているのではないでしょうか。これは完全に私見ですが、人材の育成と適材適所の人員配置こそが、将来の事業発展に欠かせない要素だと考えています。なので、どんなに経済が停滞しているときであっても、あるいは経済が停滞しているときだからこそ、採用と育成のコストは惜しむべきではないと僕は思います。
第2に、「両利きの経営」についてはっきりと言語化し、全社員に伝えている点です。「年頭挨拶」の文書を拝見したのですが、あいまいな表現ではなく「両利き」という言葉を明確に使って方針を述べられていました。結果的に「両利き」の仕組みになっている企業さんは少なくないと思いますが、全社戦略として明確に打ち出し、かつ実際に組織再編を行っている企業さんは、そう多くないのではないでしょうか。対談でも出ているように、実は中小企業こそ「両利きの経営」を実践できるし、実践すべきなのではないかという思いが、対談をとおして一層強くなりました。
中小企業での「両利きの経営」が失敗する要因は、大きく2つあると僕は考えています。ひとつは対談でも出てきたように、経営資源の限界から探索活動が止まってしまうことです。もうひとつは経営者の意識が、新規事業と既存事業との両立から既存事業寄りに。あるいはその他のことに向いてしまうことです。この2点をうまくマネジメントすることができれば、「両利きの経営」は地方の中小企業の大きな力になってくれる可能性があります。しらさぎホールディングス㈱さんの取り組みには今後も注目していきたいです。
最後に、対談を読まれた方は既にお気づきかもしれませんが、沼田社長のご発言の中に、「満を持して」という表現が3回も出てきます。「満を持す」というのは、ひとことで言えば「十分な用意をして待っていた機会が到来する」という意味です。伏線をいくつも仕込んでいらっしゃったことだけでなく、それが十分に育ったタイミングで一気に仕掛けるというスピード感についても、非常に感銘を受けた対談でした。
※写真撮影時のみマスクを外しています。
▼両利きの経営について(PMクラブ動画)
オンライン経営セミナー ~「両利きの組織」理論~