熊本の未来をつくる経営者
「試薬と共にひらけセカイ」。世界中の研究者の挑戦を支える、株式会社同仁化学研究所の上野社長
上野右一郎(うえの・ゆういちろう):株式会社同仁化学研究所 代表取締役社長CEO。2002年、株式会社同仁化学研究所へ入社。その後、米国テキサスA&M大学大学院へ留学、 Ph.D.取得。ドイツ現地法人所長などを歴任し、2015年7月、代表取締役社長に就任、現在に至る。
熊本発、世界が認める試薬メーカー
ココクマ編集部(以下、編集部):まずは御社の事業内容について教えてください。
上野右一郎社長(以下、上野社長):私たちは、「研究用試薬」と「臨床診断用原材料」の開発・製造・販売を行っています。大学の研究室、公的な研究機関、製薬メーカー、診断薬メーカーなど世界中の研究者が主なお客様です。試薬というと、多くの方は「薬」を連想され、製薬会社と混同されることが多いのですが、私たちが扱っているのは「試すための薬」、つまり研究の現場で「わからないものをわかるようにする」ための道具を取り扱っています。たとえば、ある物質を加えると色が変化することで、細胞や組織にどんな変化が起きたのかを可視化する。そういった力を持っているのが試薬なのです。現在、特に力を入れているのが、生命の最小単位である「細胞」の機能を解析する試薬で、老化、がん、神経疾患という三つのテーマを軸に研究者の皆さんのニーズを捉えながら開発を進めています。まだ世の中に答えが出ていない基礎研究を支えることで、その先にある創薬や治療につながっていく。私たちの仕事は、間接的に社会に貢献できているのではないかと思っています。
臨床診断用原材料とは、病気の検査や診断に使う体外診断薬(臨床検査薬)を作るための材料のことです。主に血液検査に使用される診断薬原料の一部を供給しています。その他にも、金属イオン分析用試薬や生化学試薬、細胞アッセイ試薬、酸化ストレス関連試薬など600種類以上の製品を開発・製造・販売まで一貫して自社で行っています。

編集部:創業80年と歴史もありますね。
上野社長:創業は1946年で、私の祖父が興した会社で、大学発ベンチャーの先駆け的な存在でした。祖父は九州大学の教授で分析化学を教えていた研究者で、「産学の架け橋になる」というビジョンを掲げる、ベンチャー精神と探究心を持った人だったのです。1996年には、父の代にアメリカ・メリーランド州に研究拠点を設け、海外展開もスタートしました。世界最先端の研究機関の近くに身を置き、研究者と直接対話しながら生まれたのが「キット製品」です。これは、誰でも手軽に測定できる試薬で、国内では先駆けとなり、今でも主力カテゴリーの一つに育っています。代表的な製品である「Cell Counting Kit-8(CCK-8)」は、動物実験に頼らない毒性試験を可能にする製品で、動物実験の削減(3R原則)、研究者の安全確保、環境負荷の低減の3つの観点から非常に高く評価されています。拠点展開はドイツ、北京、上海、広州、そして2024年には東南アジア地域での事業拡大に向けマレーシアへも進出、現地法人を設立しました。現在は国内外あわせて10拠点を展開しています。3年前から毎年ドイツで開催される、世界最大の医療機器展「MEDICA」にも出展し、同仁化学ブランドの認知拡大に努めています。国境を越え、世界中の基礎研究を支えられていることは、この仕事の大きなやりがいの一つです。

編集部:海外からも高い評価を受けられていますね。
上野社長:2025年には、欧州品質研究協会(ESQR)から品質賞を受賞。ありがたいことに、この一年でウォールストリート・ジャーナルの「Next Era Leaders」や「TIME(タイム)」、ロサンゼルス・タイムズなど海外メディアに取り上げていただきました。その理由は「独自の調査力」と「市場の声を反映した開発姿勢」だったのです。私たちが大切にしてきたことを評価いただけたようで、本当に嬉しかったですね。設備面でも2024年に試薬製造の新棟が完成しました。熊本地震の教訓を踏まえたBCP対策の意味合いもあり、将来的には現行の3倍の生産能力を目指しています。80年かけて少しずつお客様との信頼関係を積み重ねてきた結果が、今こうした形で表れてきているのだと思います。
市場の声を反映した開発姿勢。学術的な発信力も持つ研究開発型メーカー
編集部:大手競合メーカーもある中、御社の強みはどこにあるとお考えですか。
上野社長:私たちの根幹の技術は有機合成化学、つまり自分たちで化合物を設計し、反応させながら、この世に存在しない新しい化合物を生み出す力です。ただ、それ以上に大切にしているのは「市場の声を聞く」姿勢だと思っています。研究者が新たな分野にチャレンジする際、既存の試薬や機器では、研究者が求める答えを提供できないことが少なくありません。ですから、私たちは研究者と連携し、ニーズと課題を理解した上で、効果的な解決策となる試薬を開発していくのです。
研究室を直接訪問し、学会やシンポジウムに参加するのも、研究者の皆さんが今どんなことに困っているのか、生の声を聞くことが大事だと考えているからです。私たちがやりたいことだけを形にして市場に出すのではなく、市場の声を聞きながら、私たちの持つコア技術と掛け合わせて開発していく。情熱と強い意志を持ち、一つひとつ丁寧に、お客様の声を聞いて改良を重ねる。この地道な繰り返しこそが、私たちの強みでもあり介在価値でもあると考えています。
編集部:マーケティング力や専門知識が必要ですね。
上野社長:人財の力も弊社の強みですね。営業やマーケティング部門所属の社員の多くは、科学分野のバックグラウンドを持っています。また、研究開発や製造の実務経験も積んでおり、研究者との高度な技術的議論にも対応できます。社内の語学研修はもちろん、地域ごとの文化的多様性を理解し尊重することも重視しています。このような取り組みにより、世界中の研究者と強固な信頼関係を築けているのです。
編集部:今後の事業展開についてはいかがでしょうか。
上野社長:中期経営計画では2030年に向けて、海外売上比率を現在の2割から4割まで引き上げたいと考えています。個人的にはもっと高い目標を持っていますが、まずはそこを目指したいと考えています。海外に進出して約30年になりますが、まだまだ開拓の余地は大きいですし、日本国内でも私たちのことを知らない研究者の方はたくさんいます。ただ数を追うのではなく、研究者と共同で試作品を作り、論文で成果を発信していただく取り組みや、年に一度のフォーラム開催※1、公益財団法人同仁化学学術振興財団※2を通じた若手研究者への助成など、学術と事業の両輪で地道に信頼を積み重ねていきたいと考えています。単に製品を売るだけでなく、学術的な発信力も持つ研究開発型メーカーでありたい。それが私たちの目指す姿です。東南アジアはこれから研究市場が伸びていく地域ですし、中国や台湾情勢のリスク分散という意味合いもあります。まだ売上規模は大きくありませんが、将来の可能性を見据えた種まきだと思っています。
※1.1990年に社内講堂から始まったフォーラム・イン・ドージンは、 その年のトレンドとなる研究テーマを掲げ、国内外で活躍する著名な研究者を熊本にお招きして開催している学術イベントです。2024年からは中国でも年に1回開催しています。
※2.2024年6月に株式会社同仁化学研究所の拠出によって設立した助成財団で、25年6月に公益財団法人となる。医療・創薬の飛躍的な発展や、食料・環境問題の解決など、大学などの応用科学分野の研究領域にわたって、その研究ならびに事業に対して助成を行っています。
「試薬と共にひらけセカイ」。コーポレートメッセージを刷新、仕事に誇りを!
編集部:38歳で社長就任されましたが、当時の思いは?
上野社長: 2015年38歳で代表に就任したときは、正直「こんな自分でいいのだろうか」という不安の方が大きかったですね。父の急逝で、想定よりも早く社長になったことで、かなり肩の力が入っていたのだと思います。最初の数年は忙しさの中で、社員を「叱る」つもりが「怒る」になってしまうこともありました。叱るは相手のため、怒るは自分本位。その違いにようやく気づけたのも、社員一人ひとりと向き合い続けてきたからだと思っています。社長就任後まず取り組んだのが、パートさんも含めた国内外拠点の社員全員の名前を覚えることでした。技術部門など普段顔を合わせにくい現場にも、時々サプライズで顔を出すようにしています。距離を縮める一番の方法は、結局「知ろうとすること」なんだと思います。

編集部:新コーポレートスローガン「試薬と共にひらけセカイ」の狙いは?
上野社長:創業80年を機に、新たなコーポレートスローガンの制作に取り組みました。プロジェクトチームを立上げ、社員みんなで一年近くかけて議論し、完成したのが「試薬と共にひらけセカイ」です。試薬という言葉をあえて入れたのは、私たちがこの仕事に誇りを持てるようにという思いからです。研究者の皆さんにとって、わからなかったことがわかるようになる、それによって世界が開けていく。そのお手伝いをする存在でありたいという願いを込めました。私たちの仕事は縁の下の力持ちで、なかなか誇りを持ちにくい面もあります。だからこそ、社員自らの言葉で「自分たちは世界の研究を支えているんだ」と誇りを持てるものにしてほしかった。新しいことに挑戦し、ぶつかり合いも乗り越えた先にある誇り。それこそが、この一年をかけたプロジェクトの一番の成果だったと思っています。
編集部:どのような人財と一緒に働きたいとお考えですか?
上野社長:基本は真面目で素直な方、そして向上心・チャレンジ精神旺盛な方ですね。完璧である必要はまったくなくて、大事なのは「成長したい」という意志です。新卒中心だった採用方針を見直し、今は新卒、キャリア採用、定年後の再雇用という三本柱で組織を支えています。新入社員は技術部門で先輩から手ほどきを受けながら有機合成の基礎を学ぶ「技術伝承プロジェクト」も続けていますし、新しいスローガンも今年度から全社員参加型の勉強会を毎月開催し、浸透を図っているところです。完成された組織ではなく、今まさに社員みんなで会社の文化をつくっている最中だと感じています。私たちの仕事は社会にどう役立っているのか実感しづらい業界ですが、だからこそ、前例がなくてもやってみたい、熊本から世界とつながる仕事に挑戦したい。そう思ってくださる方と、一緒にこの会社の未来をつくっていけたら嬉しいです。
私たちの業界は表舞台に立つことはほとんどなく、どちらかというと縁の下の力持ちなんですね。試薬は最先端研究の主役ではないが、研究を支える重要な伴走者です。世界中で研究者が未知に挑むとき、最初に手に取るのが私たちの試薬でありたいと考えています。













TOP-500x329.jpg)
