熊本の未来をつくる経営者
【東京で活躍する熊本出身の経営者シリーズ②】 「ソフトウェアで世界をつなぐ」東証一部上場企業、アステリア株式会社の平野社長
平野洋一郎(ひらのよういちろう):アステリア株式会社 代表取締役社長/CEO。熊本県生まれ。熊本高校を卒業後、熊本大学工学部を中退し、熊本市内でソフトウェア開発ベンチャー設立に参画。1987年〜98年、ロータス株式会社(現:日本IBM)でのプロダクトマーケティングおよび戦略企画の要職を歴任。 98年インフォテリア(現:アステリア)株式会社創業。2007年東証マザーズに上場。2008年〜2011年本業の傍ら青山学院大学大学院にて客員教授として教壇に立つ。 2018年東証1部上場。公職として、ブロックチェーン推進協会代表理事、先端IT活用推進コンソーシアム副会長、日本データマネジメント協会理事、MIJS理事、熊本創生企業家ネットワーク理事、ひとよしくま熱中小学校校長、熊本弁ネイティブの会会長、熊本同友会常任理事なども務める。
「つなぐ」をキーワードに日本から世界中で役立つソフトウェアを生み出す
ココクマ編集部(以下、編集部):事業内容を教えてください
平野洋一郎社長(以下、平野社長):アステリアは「つなぐ」技術で、新しい時代の企業価値創造に貢献するIT企業です。世界中の輝く企業や人を「つなぐ」エキスパートとして、現在4つの自社製品を開発・提供しています。主力製品の企業データ連携ツール「ASTERIA Warp(アステリアワープ)」は、異なるコンピューターシステムのデータを”ノーコード”で連携するソフトウェアです。国内シェアは約50%で14年連続国内シェアNo.1を獲得、大企業・中堅企業を中心に約9,000社の企業に導入されています。その他には、市場シェアNo.1のコンテンツ管理アプリ「Handbook(ハンドブック)」は、営業資料や商品カタログ、会議資料などあらゆる電子ファイルをスマートフォンやタブレットで持ち運ぶことができるセールステックのツールとして活用されてます。「Platio(プラティオ)」は、”ノーコード”で簡単にモバイルアプリが作成できるツールでとしても注目され、多くの企業や公共機関で採用されています。「Gravio(グラヴィオ)」はAI機能を搭載したエッジコンピューティング型のIoT統合ソフトウェアです。温湿度センサーや人を検知するセンサーなど、さまざまなセンサー機器やAIによるソフトウェアセンサー等から取得したデータを”ノーコード”で迅速に処理し、複数のデバイスやシステムに通知することができます。
2007年にはマザーズ上場、2018年には東証一部上場、国内4拠点・海外5ヶ国/地域に事業を展開。子会社にはデザイン戦略コンサルティング企業、AI研究開発企業、IT投資専門企業なども抱えています。20年を超える歴史と実績を持つ会社ですが、AIやIoT、ブロックチェーンなどの先進テクノロジーを業界に先駆けて取り込んだ製品を開発し、常に一歩先の技術と世の中の変化を読みとり事業を展開しています。
編集部:創業の経緯を教えて下さい
平野社長:ちょっと長くなりますよ・・・(笑)。私は、中学3年の頃からマイコンにはまり、プログラミングを勉強していました。当時は、コンピューターの黎明期でしたが、日進月歩のスピードで進化していましたので親にも反対されましたが大学を中退し、熊本市でソフトウェア開発ベンチャーの設立に参画しました。そこで、1985年にNEC製パソコン向け日本語ワープロソフト「JET-8801A」を開発しました。当時はパソコン画面に漢字が出てくるだけで驚くような時代でしたから、このソフトは5万本以上売れるベストセラーソフトウェアとなりました。自分の開発したソフトウェアが複製するだけで飛ぶように売れるのを目の当たりにしたのです。受託開発の話もありましたが、断り続けました。目の前のお客様にはお役に立てるが、世界中の人々の役に立てるようなプロダクトに関わりたいという思いが、その当時からあったためです。
編集部:外資系企業に転職されましたね?
平野社長:1987年に外資系ソフトウェア会社のロータス社(現IBM)に転職しました。将来的には起業を視野に入れていましたので、営業の経験も積んでおこうという思いもありました。ロータスノーツは、電子メール・スケジュール管理・文書共有・会議室予約などの機能を組み合わせて利用できるグループウェアで、当時、世界のグループウェア市場のシェア5割を超えるソフトウェアでした。95年頃からインターネットが流行し、社内にとどまらず、お客様や取引先とも繋がるグループウェアができればと考え、通信手順とデータ構造を競合製品の開発企業にも公開することをボストン本社に提案するも却下。マーケティングのセオリーから言うと当たり前ですが・・・。その時に考えたんです。ソフトウェアは違って当たり前でも、データが共通化できれば、ソフトウェアやベンダーが違っても繋げられるのではないかと・・・。98年2月に開発された「XML」という新技術の仕様書を読んで、これならいけると思い事業をスタートしました。「ソフトウェアで世界をつなぐ」をビジョンに掲げ、世界中の人々に使ってもらえるようなソフトウェアを開発・提供しようと・・・。
編集部:事業のスタートは資金調達からだったと…
平野社長:ロータス在籍時に、ビジネスの構造も研究していました。マイクロソフト、オラクル、Google、Facebookなど、世界的にスケールする企業は、億単位の調達資金を元手に、優秀な人材を獲得し、開発に注力、最速のスピードで市場に製品やサービスを提供していることが分かりました。そのため、私たちもこのシリコンバレー型を取り入れ、資金調達からスタートしました。当時、日本ではスタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタルはほとんどなく門残払いだったため、海外の個人投資家など、1年半がかりで約27億円の資金を調達することができました。
まず手掛けたのが、現在の主力製品でもある「ASTERIA Warp」の開発です。この製品は2002年6月に出荷、19年経った今でも主力製品として世界中の人々に利用いただいています。最初の出荷までには苦労も多く、3年の予定だったものが4年かかり、資金も底をつき、倒産寸前まで追い込まれました・・・。
その後、黒字化したのが2005年。2007年にはマザーズ上場を果たしました。創業時の事業計画書にもIPOまたは企業売却を予定していましたので、やっと投資家の方々へのお返しができたわけです。企業売却というと負け組のようなイメージを持たれがちですが、自分達の商品が発展するためなら大手に売却して、世界中に拡がるならば本望という発想もありましたね。
上場以来最高益を達成、2021年度は攻めの経営へ
編集部:上場以来最高益の要因は何ですか?
平野社長:コロナウィルスへの素早い対策・対応が功を奏したと考えています。中国にある子会社から情報を得て、全社にテレワークの指示を出したのが1月31日、3月末には全社員のテレワーク状態になっていました。同時に、取引先にもオンライン商談をお願いするなどチャンスロスを無くしたことで売上を維持することが出来ました。
また、成長戦略として「4D」(Data, Device, Decentralized, Design)を掲げ積極的な投資を行い、世の中を変えていく技術と人に使ってもらうためのデザインを考え続けています。デジタルの進化は予想通りで、テレワーク・クラウド化についても、コロナ禍前から手を打っていたことが業績に反映されています。
編集部:2021年3月の通期決算報告会では「守りから攻めへ」という方針を掲げられていらっしゃいましたね?
平野社長:今期は売上拡大のために、攻め「マーケティング」「人材獲得」「デジタル維新」に力を注いでいきます。前年度は、コロナ禍という激しい変化への適応に注力することにより、売上げを減少させずに利益を上げること、つまり「守る」ことがしっかりできました。一方、昨年末から試験的にTVCMや交通広告などに投資しています。単に広告宣伝に頼るという事ではなく、新たな市場や価値の創造が主な目的となります。また、新しい事にチャレンジするには、新しい発想を持った「人材」が必要です。成功体験がある人ほど前例に固執し、新しいアイディアを潰しがちですからね。
今回のコロナ危機は、デジタル維新をもたらしたと捉えています。わずか1年で世の中の仕組みが変わったのです。デジタル維新は不可逆的だと考えています。戻らないということを自分達の事業として成果につなげていく。4D戦略の上に短期的にはC.A.R.(クラウド化・自動化・リモート化)の推進を掲げています。
編集部:新卒採用は新たな発想の獲得ということですね
平野社長:これまでは即戦力の中途採用一本でしたが、コロナ禍で採用を手控える企業が増えるなか就業機会の創出に貢献しつつ、将来の成長を担う優秀な人材の獲得が目的です。国内では、ニューノーマル(新常態)や新しい生活様式の導入による価値観の変化が起こり、テレワークや遠隔授業などの基盤を担うIT需要は旺盛で、優秀な人材の確保は急務です。今年度の採用予定数は前年度比で倍増を予定しています。新卒採用者もテレワーク主体で勤務地は不問、会社説明会や採用面接も全てオンラインで行っています。
編集部:ニューノーマル手当など、社員が働きやすい環境整備に積極的に取り組んでいますね
平野社長:生産性向上を目的とした多様な働き方に挑戦しています。2011年の東日本大震災をきっかけにいち早くスタートした全社テレワーク(猛暑テレワーク、降雪テレワーク、台風テレワーク、ふるさと帰省テレワーク)の取り組みは、多くのメディアでも取り上げられ、2020年にはホワイト企業アワードで「柔軟な働き方部門」を受賞しました。オフィス内で仕事をすることはそれほど重要ではなく、よりパフォーマンスを発揮できる環境で仕事をすることが大事だと考えています。ニューノーマル手当も福利厚生ではなく投資です。リモートワークは自宅をオフィスにしてもらうという事ですから、快適な環境を整えてもらうための投資なのです。現在は、大阪・西日本事業所、名古屋・中部エリア事業所、熊本R&Dセンターと、ニューノーマルに向けた施策として1ヶ所にオフィスを集中させない分散オフィスも推進しています。
東京レベルの仕事を熊本で・・・暮らしやすい場所で思い切りはたらく
編集部:熊本愛があふれていますね
平野社長:熊本への感謝の気持ちが強いからですかね。私は三角町の出身で、農家の長男です。山の中で育ち、木の実を採取したり、秘密基地をつくったり・・・何もないところから何か作り出すという環境が当たり前。自分の感性は熊本で育まれたんだと思います。また、中3の頃からマイコンにはまり、あまり勉強もしていなかったけど、熊本には居場所があったんですよね。常々恩返しをしたいとは思っていましたが、最初は躊躇していました。上場企業の社長が、自分の出身地の支援をするということが、公私混同のように思えて…。
2015年から小国町と協定を結び、ブランド材「小国杉」の森林保全活動や間伐材利用促進、また林業・林産業の再生に向けた取り組みへの寄付を行ってきました。東京本社のオフィスのエントランスは小国杉をふんだんに使った温かみのあるオフィスです。ノベルティも「脱プラスチック」で小国杉を使用することにしました。また、17年度からは一連の地域再生計画が内閣府から「企業版ふるさと納税対象事業」に認定されるなど活動を進化させながら、毎年100万円の寄付金に加えて、当社の知見を活かしたドローンやタブレットを使った様々な実証実験も実施してきました。
編集部:熊本はR&Dセンターなのですね?
平野社長:IT業界では、地方にニアショア(国内下請け)拠点を開設することが多いと思いますが、弊社では最先端のブロックチェーンの開発や主力製品である「ASTERIA Warp」の開発を行っています。地方に優秀な人材が定着するためには、東京と同じレベルの仕事ができる事が地域のためになると考えています。デジタル維新により、田舎のデメリットが急激に改善されていきます。暮らしやすい、住みやすい環境で、東京に居る時のようなスピード感で思い切り働けたらいいですよね。熊本市はコンパクトだし緑も多い。海・温泉も近くいいところですよね。
編集部:魅力的な仕事が地方にあるのはありがたいですね
平野社長:寄付など、地域貢献の方法はいろいろありますが、私らしく貢献できることは何か?と考えたときに、都会と地方をつなぐことだと思ったのです。熊本出身ですから、知人も多く、行政や経済界との調整もスムーズです。また想い入れも有りますからね。上場企業の経営者の多くが自身の出身地と繋がっていくと、大きなうねりが出来るのではないかと思います。そんなモデルケースを熊本で作っていきたいと考えています。